映画「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」のこと

面白くないかというとそうでもないし、凄いかというとそれほどでもない。 

ハリーポッターと同じだ。 

 

監督はクリス・コロンバスで、ヒットメーカーである。 

脚本ではただものではなく、グレムリン(学生時代に書いた)、グーニーズ(スピルバーグの原案を脚本化)などヒット作があり、監督としてもホームアローン1・2、ハリーポッター1・2などと、そこらの2流監督ではないことは確かだ。 

 

しかし、本作には違和感がある。 

この違和感は原作によるものだろうか。 

原作はヒットしたらしいが、新たな何かを創造したというのではなく、今までにあったものを集めて話を作ったというだけに思えてしまう。 

よく言えばハリーポッターに触発されて、悪く言えば流行っている作品の物まねだ。 

 

それをハリーポッターの監督が映画にしたものだから、その感じが増幅され、まんまパクリにも思えてしまうところが痛い。 

「マトリックス リローデッド」でエージェントに寝返ったジョン・パントリアーノが継父(実父はポセイドン)の役である。 

これはマトリックスを連想させることに一役買っしまった。 

マトリックス・コンスタンティン・ハリーポッター・ナルニア物語などから頭が離れない。 

 

まあ、一番痛いのは、彼らのせいでもなんでもなく、時々主人公がウエンツ瑛士に見えることだが・・・ 

 

 

地図に次の行き先が浮かび上がるのはハリーポッターのようである。 

行き先がナッシュビル、ラスベガス、ハリウッドなのが何とも現代アメリカだ。 

作者が取材旅行にでも行ったのか。 

もうちょっと神秘的な、あるいは架空の町でもよかったと思うのだが。 

 

羽の生えたサンダルというのがギリシャ神話にあるが、現代なのでスニーカーである。 

尚更チープ。 

その羽がまた、ゴールデン・スニッチ(クイディッチでシーカーがキャッチする羽の生えたボール)のように見える。 

どこまでも損をしている作品である。 

 

 

オリンポスの神々というと「アリオン」を思い出す。 

ポセイドンの子(アリオンは、実はプロメテウスの子だが)というのも一致する。 

そもそも、オリンポスの神々は神話であり、元がある。 

ギリシャ神話だ。 

そういうのが好きな人は既に読んでいるはずである。 

 

ギリシャの神々がアメリカにいるのもなんだが、まあ仕方ない。 

アメリカが楽しそうだからだろうか。 

アメリカ映画は何でもアメリカにやってくる。 

UFO・宇宙人は当たり前、ゴジラだって来るし、渋谷のハチ公だって来る。 

ギリシャからだって来て当然なのだ。 

 

ギリシャの神々は人間との間に子供を作ることができる。 

DNA的に共通ということになるが、神々のDNAは特別で劣化やエラーがない。 

と、思う。 

だから、近親交配でも子供を作れるのだろう。 

とにかく、オリンポスの相関図は大変なことになり、子供には見せられないものになる。 

しかも大抵は身内に殺される。 

 

本作の一番酷いところは、冥界あるいは黄泉の国というものへの勘違いだ。 

キリスト教徒だからか、冥界に対して地獄をイメージしてしまった。 

冥界の映像が「コンスタンティン」と酷似しているがそれでもアメリカ人は違和感を持たないのだろう。 

ハデスはサタンとは違う。 

キリスト教徒の天国もまた冥界なのだ。 

 

ギリシャ・オリンポスの神々が存在する世界というのは、キリスト教の神が存在しない世界でなければいけない。 

それが分かっていないのも痛い。 

 

 

海は広大で、7割が海、地上は3割でしかない。 

まあ、ギリシャ的には地中海が海だったのかもしれないが。 

今になってみればだが、良い方から兄が取ったとも思えるくらいになっている。 

なにしろ、アメリカにまで遊びに来る神々なのだ。 

海の広さを知らないはずがない。 

 

ハデスやポセイドンがゼウスを敬う必要はない。 

衝突することが多いのである。 

しかし、本作ではゼウスの方が上に見える。 

題材とするならその辺の公証はちゃんとすべきだろう。 

 

 

アメリカだから小説なのだが、日本ならコミック(漫画)で発表されるような内容だと思う。 

日本が活字離れしているからかもしれない。 

色々なファンタジーを寄せ集めて、最新映像技術で見せてくれる作品だ。 

しかし、ハリーハウゼンを超えることはできない。 

ギリシャ神話なら尚更だ。 

ワクワク感が違う。 

 

多分だが、監督も分かっているだろう。 

ハリーハウゼンを超えられるなどということは思ってもみないはずだ。 

ちなみに、ハリーハウゼンのギリシャ神話モノの「タイタンの戦い」にマギースミスが出演している。 

ハリーポッターのマクゴナガル先生である。 

関係ないのだが、連想を強化してしまう。 

 

 

とはいえ、見所もある。 

最初に襲われた直後、学校の先生からペンを渡される。 

「Take this to defend yourself. It's a powerful weapon.」 

それを手にしたパーシーの反応がいい。 

「This is a pen... This is a pen!」 

多分、ネーティブが話す「This is a pen」を初めて聴いた。 

先生がその後の対応を指示している横で、まだ「This is a pen, man」と言っているのである。 

「The pen is mightier than the sword」(mightierの綴りに注意、後ろのiを忘れがち)からだろう。 

このペンが剣(ソード)になるのだが、実はそんなに凄くない剣である。 

 

メデューサは見たものを石にしてしまう怪物である。 

髪は蛇だ。 

神話では直接見ることができないので、剣に映して闘ったりするのだが、そこは現代のこと。 

若者が持っていて、鏡のように映し出すものがある。 

それはiPod。 

あれは新潟県燕市の職人が手作業で磨いているものだ。 

メデューサを倒せたのはその職人のおかげである。 

 

メデューサは最後にいたずら(石になって元に戻れるかは不明だが)にも使われる。 

養父に対してである。 

なので、エンディングで席を立ってはならない。 

 

 

昔なら凄かっただろう合成やCGも、今では普通になっている。 

ポセイドンが大きかろうが、それが人間に変身しようが、誰も驚かない。 

作る側としては辛いことかもしれない。 


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