「Live and Let Die」のこと

「Live and Let Die」というと何を思い出すだろうか。 

小説、映画、音楽、いずれにせよ「007 死ぬのは奴らだ」だろう。 

 

1954年、イアン・フレミングが発表した小説のタイトルが「Live and Let Die」である。 

1973年に同タイトルで映画化され、テーマ音楽として、ポール・マッカートニーが同名の歌を作った。 

 

つまり「Live and Let Die」の言葉の意味は小説の中にあるはずだ。 

音楽の歌詞は後付けなのだから、それを解釈しても意味がない。 

世の中には不思議な人がいるもので、歌詞から意味を解釈しているものがある。 

それはポール・マッカートニーの解釈であって、イアン・フレミングの解釈ではないかもしれないだろう。 

まあ、テーマ音楽でもあり、意味合いがそれほど違っているとは思わないが。 

 

 

「Live and let live」という言葉が元にある。 

共存共栄のような意味だ。 

 

「Live and Let Die」は「死ぬのは敵の方」だということだろう。 

邦題「死ぬのは奴らだ」は名訳である。 

 

「007 You Only Live Twice」は「007は2度死ぬ」という邦題である。 

「2度生きる」のだが、最後に死ぬことは間違い(老衰でも)ないのでそうしたのだろうか。 

これは1967年の映画で、日本が舞台となった作品である。 

ちなみに丹波哲郎の英語部分は英国人俳優による吹き替えとなっている。 

 

 

なぜこんなことを書いているかというと、007関連でのことではない。 

「シュレック3」で、カエルの王様が死んでその葬儀(川に流すのだけれど)シーンでこの「Live and Let Die」が使われているのである。 

それを「死ぬのは奴らだ」と訳すのは変だと思ったのだ。 

 

「死ぬのは奴らだ」とすると、誰から見た言葉となるだろうか。 

葬儀の主人公は当然亡くなった人(カエルだけど)である。 

しかし、それでは妙だろう。 

カエルが死なず(live twice なら、また live になるが)、他の者が死ぬというのはないのだから。 

 

送る側から見たとして、「死ぬのはお前だ」などとしても変だ。 

既に亡くなったのだ。 

 

ここは意味合いを変えて解釈するといいだろう。 

Liveなのは生きている側、Dieなのは亡くなったカエルである。 

これは事実であって、変わることはない。 

 

これを「死に行く者は死なしめよ」と考えると筋が通る。 

悲しいが、死は避けられない。 

残された者は生き続け、死に行く者の死を受け入れようということではないだろうか。 

つまり「We live and let him die」である。 

 

悪いのは日本語訳だ。 

007のテーマだからと、そのまま訳しては意味が通らないのである。 

状況が違うのだから。 


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