映画(DVD)をどう楽しむか

映画館で映画を観るとなると、楽しみ方はひとつしかない。 

上映される映画をじっと座って観る、それだけだ。 

飲み物やポップコーンまでがせいぜい。 

しかも昔と違って、今は入れ替えアリ。 

何度も見たいなら、その都度金を取ろうというのである。 

一生懸命観て楽しむしかない。 

 

DVD(あるいはブルーレイ)は昔とは違う楽しみ方ができる。 

音声を選び、字幕を選んで何度でも見れるのだ。 

これは凄いことである。 

中にはコメンタリーがあったり(複数あるものもある)する。 

メイキングやコメンタリーは映画館では絶対に見れないものだろう。 

 

「ハウルの動く城」はこれでかなり楽しめた。 

日本語・英語・フランス語が収録されていたからである。 

フランス語の字幕は意味を成さない(読めないから)が、日本語と英語の字幕も組み合わせて、何通りもの再生ができる。 

それぞれの言語で作品のイメージが変わるから面白い。 

イギリス的に見えたり、フランス的に見えたりするのだ。 

必ず楽しめるということではないが、音声によって雰囲気が変わるのは当たり前だろう。 

 

「カンフーパンダ」の香港バージョン「功夫熊猫」が欲しいと何回も書いている。 

通販も見つけたが買っていない。 

広東語・北京語が収録されているのだ。 

当然、日本語や英語とは違った印象になるはずである。 

カンフーだから広東語がハマるのは自明の理。 

それだけ音声により見え方が違うのは当然なのだ。 

 

 

で、どう楽しむか、だ。 

まず、最初は普通に映像やストーリーを楽しむべきである。 

これは人によって意見が分かれるところだが、初見の音声と字幕をどうするか。 

日本語吹き替えで字幕なしにすると、ストーリーは分かりやすく、字幕を追う必要がないので画面に集中できる。 

原音+日本語字幕にすると、字幕を読む必要はあるが、元の音声なので役者の演技が分かるし、元の台詞も聞くことができる。 

どうすべきだろうか。 

 

お好きにどうぞ。 

 

 

私のお勧め順は・・・ 

1 英語だけで観る 

2 英語+英語字幕で観る 

3 英語+日本語字幕で観る 

4 日本語+英語字幕で観る 

5 日本語+日本語字幕で観る 

 

日本語+日本語字幕というのはタネがある。 

英語音声用字幕と吹き替え音声用字幕のふたつ入っていることが多いのである。 

これで、日本語訳の付け方の違いを見ようというのだ。 

 

最終的に何が起きるかというと、字幕の添削、だ。 

この訳は上手い、ここは違うなどとなるのである。 

だから、英語音声+日本語字幕でもやっているのは、英語を聴きとって日本語字幕との違いを見ることになる。 

 

  

初見は「英語のみ、字幕なし」がいい。 

作品自体がよく分かるからだ。 

 

日本語字幕や日本語音声は、他の人の解釈である。 

訳者の言葉なのだ。 

 

例えば誰かの詩があって、それをある人が訳したとする。 

また別の人が訳せば、言葉が違ってくるだろう。 

詩を書く人は、言葉を吟味しているだろうし、文体も考えて書いているはずである。 

訳したら意味は分かるかもしれないが、台無しになっている部分がないはずがない。 

 

映画の台詞だって脚本家なり監督なりが考えて作ったものだろう。 

「台本とは違うけどOK」ということもあるかもしれないが、大抵は「台本通り」ではないだろうか。 

少なくとも監督がOKを出したテイクは、元の音声のものなのである。 

ならば、それを鑑賞せずに何を鑑賞しろというのか。 

 

橋田壽賀子の脚本は台詞が長い。 

長いが自分で言い換えたり短くしたりすることは許されない。 

「そのまま言ってください」という作家先生なのだ。 

この部分は長々しゃべってるけど「違うよ」で意味が通るのでは、などとは言えないのである。 

まあ、当たり前だろう。 

 

映画の字幕は文字数に制限がある。 

長い台詞は書ききれないから割愛する。 

別の言葉に置き換えたりさえする。 

吹き替えでは口の動きも合わせたいから、秒数だけでなく音の数も合わせることがある。 

そのまま訳して言っていたのではできない。 

橋田壽賀子の正反対である。 

これが許されるなら、橋田壽賀子ドラマも短くできるだろう。 

 

ちなみに、吹き替えの口を合わせるので面白かったのは、英語をそのまま言わせたものだった。 

それは合うに違いない。 

逆転の発想というか、そのまんまというか。 

中には天才的なものもあって、「空耳」を使っているものもあった。 

英語が日本語に聴こえるから、それを吹き替えの台詞にしてしまうのだ。 

 

 

歌ならどうだろうか。 

ビートルズやマイケル・ジャクソンの歌をどうやって聴いているだろう。 

そのまま、日本語訳も見ず、まして日本語吹き替え(つまり別の人が歌う)などではなく聴くはずだ。 

映画もそれと同じである。 

 

「マダカスカル」に「I Like To Move It」という歌がある。 

「マダガスカル2」でも使われ、ちゃんとしたミュージシャン(当たり前だがアメリカの、だ)が参加している。 

日本語の方の歌は「踊るの好き好き」で、奥さんの母親や兄弟は歌手だが、本人はお笑い芸人だという小木の歌である。 

どちらが聴くに値するだろうか。 

 

ということで、英語音声だけで観るのがベストという結論だ。 

1回で分からなければ何回も観ればいい。 

聴き取れるようになるだろうし、分からない単語は調べればいいだろう。 

 

 

日本語訳、字幕について。 

 

テレビで観た深夜映画で、妙な吹き替えがあった。 

海辺で話すふたりの男性。 

何の映画だったか忘れたが、確か堀内賢雄と大塚芳忠の声だったように記憶している。 

そこに来た上司(上官?)がいきなり「お前もだ」から話し始めるのである。 

どう考えても変だ。 

多分、「You two」だろう。 

それを「You too」と勘違いして訳したのではないだろうか。 

誰も気づかなかったことにびっくりする。 

 

「カンフーパンダ」の冒頭、「これほど恐れられたパンダはいない、しかも愛らしい」というところがある。 

吹き替えも字幕も「愛らしい」になっている。 

英語では「So loved」だ。 

「愛らしい」からといって「愛されていた」とは限らない。 

これは勘違いではなく、取り寄せた英文台本が間違っていたのではないだろうか。 

 

洒落や韻を踏むとなると日本語訳は大変だ。 

「マダガスカル2」で「やる気、唾吐き、ガムテープひと巻き」(吹き替え)は上手くはまった。 

こういうのは珍しい。 

 

「ファインディング・ニモ」では、ボートをバット(butt)と間違って覚えている子供たちが出てくる。 

意味を優先して「おしり」と訳しているが、それだとボートとバットの勘違いが出てこない。 

まあ、こういうのに「おしり」のルビに「バット」と出すようなこともできるが、それもイマイチだ。 

なかなか難しい。 

 

こう書いてきて子供向けが多いのは娘と見ているからである。 

娘は日本語音声でないと嫌がるので、日本語音声+英語字幕で観ることになる。 

英語字幕を画面に合わせて声を出して読むのも面白い。 

 

 

映画を元のまま楽しむのは当たり前だが、それにコメンタリーも楽しみ、かつ、日本語訳も楽しみ、ついでに日本語訳の付け方も楽しむのだ。 

何倍も楽しめるではないか。 


DVD「カンフーパンダ マスターファイブの秘密」  <前 : 次>   映画「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」のこと